かるてぃべーと Cultivate

国際協力とか、農業とか、音楽とか、ボードゲームとか。

[ベナン] 任地紹介 Kétou(ケトゥ)村 - 15km先はナイジェリア!

 
 
 

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マルシェ(市場)で粉末ミルク(写真右上)を手に入れて、
パスタのレパートリーが増えました。
りょーこです。
 
JICA協力隊の野菜栽培隊員として
西アフリカのベナン共和国で農業してます。
 
 
ベナン共和国のどこで農業しているのか、
任地のKétou(ケトゥ)村を紹介します。
 
 
 
 

Kétou(ケトゥ)ってどんなとこ?

ケトゥの場所

JICA事務所もある経済都市コトヌーから
車で4〜5時間。
幹線道路の突き当たりです。
 
 

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ケトゥの特徴

その1, 隣国ナイジェリアまでわずか15km!
中国系の工場も近いらしく、
ナイジェリア人も中国人も多くいるようです。
(わたしは見てないけれど…)
 
その2, ヨルバ族多し!
あの有名なブードゥー教を信仰する、
ヨルバ族が多いのも特徴です。
(ヨルバの人は、頬に引っ掻いたキズがある。)
 
宗教としては、
ムスリムもいます。
ごちゃごちゃです。
 
 
その3, 農業が盛ん!
メイズ(トウモロコシ)やキャッサバ, アブラヤシが多く栽培されています。
野菜栽培グループも活発です。
 
農業をするために、わざわざ
首都のポルトノボや経済都市コトヌーから上京する人もいる程、
農業するのにちょうどいい場所のようです。
 
上京しやすい距離で、
川も比較的近くて、他の地域よりも水供給が安定しているために
農業も盛んなのかなぁと思ってます。
 
しかし、他の地域の農業を知らないので比較できない笑
 
 
その4, マルシェが大きめ!
これまた比較対象が無いけれど…笑
4日に一度のマルシェ(市場)がそこそこ大きくて
割となんでも手に入るので、
生きていくのに不便はないです。
 
 
印象としては、
いろんな出身の人がいて
いろんな宗教の人がいて
いろんな言葉を話しながら暮らす
多文化な村です。
 
 

わたしの仕事

JICA協力隊の野菜栽培隊員でも、
農業高校で教えたりコンポストセンターに配属されたりと、
いろいろな働き方がありますが、
 
わたしは、農業省の支所で
農業普及員たちとケトゥの農業を良くしていくのが
大雑把な要請内容です。(雑)
 
 
私はこの要請の2代目で、同じ任地ケトゥにもう1人隊員がいるので、
ケトゥ隊員としては3人目!
 
日本人やJICAボランティアの知名度向上も
力を入れたいと勝手に思っています。
 
 
ケトゥの農業、
配属先や活動先については、次の記事で!
 
 
 

まとめ

ケトゥの特徴をまとめると…
 
  • コトヌーから車で4〜5時間
  • ナイジェリア人や中国人が多いらしい…
  • ブードゥー教のヨルバ族が多い
  • ムスリムやキリストがごっちゃ!
  • 農業が盛ん ←水が安定しているから?
  • 要は多文化!
 

[協力隊]「お金ちょうだい」と言われたらどう対応すべきか

 

 

前回、冒頭で
教会に行ったときにもお金をせびられて悲しい
と書きましたが、
 
ベナンでは
お金や水、持ち物をくれ、といった類の声かけを
文字通り、”嫌"というほど声をかけられます。


「Donnez moi l’argent」(お金ちょうだい)
「Donnez moi l’eau」(水ちょうだい)
「Tu va me donne ça」(それくれるんでしょ?)
 
ちなみに、お金をあげたことはありません。
バイクに買い物してもらってチップを払ったくらいです。

 

あげてなくても

挨拶がわり、コミュニケーションとして

彼らはこういう声かけをしてくる訳です。
 


そして、途上国に行ったことのある方は、

どうしたものかと

一度は考えたことがあるはず。
 
 
(実際、途上国にいる多くの協力隊員は、
日々、この手の問題に消耗し、
日々、解決策を探し、
日々、闘っていると思う。 )
 
 
ということで、自分の考えをまとめてみました。
 
[:contents]
 


図解 声をかけてくる人


まず、普段どんな人と話しているか、
図解してみました。
 

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私がどう対応しているか


(1) 職場: 上司や同僚 (+大家や管理人)

もっとも信頼できる。
Salut電話(=元気?と聞くだけの電話)を積極的にする。

 

(2) 活動先: 情報をくれる他団体の人

警戒しつつも基本的に信頼する。
Salut電話対象。

 

(3) 活動先: 現地語しか話せない農家

よくせがまれるが、冗談で交わす。
仲良くなる人を限定して、少しずつ交流を深める。

 

(4) 友好的な近所の人

もっとも名前を呼んでくれる人たち。
モノはせがまれないが、長話や無駄がらみはある。

 

(5) 近所の子どもたち

私の名前を呼びたがり、私と握手をしたがる。
物欲しそうに見てきたりするが、
基本的には少しお喋りしたら嬉しそうに帰っていく。

 

(6) 屋台のおばちゃん / おじちゃん

基本的に友好的。
現地語しか話せない人は水をくれと言って、私のペットボトルの水を飲んだりする。
人によってはお釣りがないから貰っておくね、みたいな人がいる。

 

(7) 通りすがりの小学生

執拗に付いてきたり、野次を飛ばすだけの人が多数。
特にYoboヨボ(=外国人を総称する現地語)コール*がすごい。
きちんと挨拶する子以外は、基本的にガン無視。


*ヨボ~ ヨボ~ ボンソワーというフレーズは、
ベナンのどこに居ても言われる。

 

*chinoisシノワ(中国人)!も常に言われる。

 

(8) 本当に知らない通りすがりの人

第一声が
Donnez moi…(…ちょうだい)とか
mon cheri (私の愛しい人)とか
mon amis (俺の友達)とかだと、完全に無視する。
シーシーと、歯の間から息を出して人を呼びつけたりもする。
きちんと挨拶する人以外は、基本的にガン無視。

 


まとめるとこう。

声を積極的にかけたい人
(1) ~ (6)
 
距離をおいてストレスを減らしたい人
(7), (8)
 
お金ちょうだいと言ってくる人
(3), (6), (7), (8)

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(7), (8)は無視すれば良いとして、
(3), (6), 特に(3)は、

「お金ちょうだい」を華麗にかわしたい。

お金だけの繋がりは、
それだけに終わる。


"お金がある外国人"ではなく、
"ちょっと異世界から来た友達”くらいの関係性に持っていきたいところ。

 

 

私の結論

 

  • 自分が消耗する前に、相手にすべき大切な人を確認
  • 無視できる人でイライラしない
  • 無視できない人に「お金ちょうだい」と言われたら、
    1.家族の質問をして話題変換する
    2.ご飯の呼んでと言う
    (3.今お金ないと言う)

 

こんな感じです。
 
無視する勇気!と質問力!
が協力隊員を楽にしてくれるんじゃなかろうか。
 

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※2018.12.11 追記:
あるベナン隊同期は、

「お金はないけど笑顔はあげられるよ」
と返しているそう。
素敵すぎて、パクろうと思います。笑


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[協力隊]2年間の目標を決めた!(改訂版)

 
ベナンカトリックの教会へ行きました。
祈りは世界共通だと感動するとともに、
ここでもお金を(私だけ)せびられるのかと悲しくなりました。
野菜栽培隊員のりょーこです。
 
2週間前に
2年間の目標…というか頭の中身を文字にしたので、
2ヶ月のベナン生活を参考にしてまとめてみました!
 
興味のある方はお付き合いください。
 
 
 

大きなヴィジョンとミッション

<2年間の未来図>

みんなが共に生きる。そんな世界を創るために、
 
ベナン × りょーこ
  • 私がベナン人と共に生きる。
    ベナン人とできるだけ多くの時間を共にして、文化を分かち合う。
    日々の生活に入り込めるように意識する。
     
    今のところ配属された家を出る予定はないけれど、
    他のベナン人と同じ家に住んでみたい。
     
ベナン = 大切な場所
  • ベナンを故郷にする。(もう既になってる)
    どんなことがあっても、
    任地で起こることを他人事にしない。
    この場所を自分のホームにする。
     
生活 > 農業
  • 生活の土台としての農業。
     
    多くの途上国では農業従事者が多く、
    任地ケトゥでも農業が盛ん。
     
    でも、これを理由にするだけでなく、
    野菜栽培を、途上国の生活に沿って捉えることで、
    生活基盤としての農業に焦点を置く。
 
 

小さな(自分に対する)ヴィジョン

<3つの信念>

   ー 私が土台にしている考え方

  • 人の和
    「人は出会った人の総和である」
    出会った分だけ自分になる。自分にしていく。
  • 「学んだことは誰にも奪われない」
    教育が世界や個人を救うと思う。
  • 癒しの和
    「治癒力はお医者様の力だけではない」
    専門家ではないからこそ出来ることがある。

<3つの目指す自分>

  • 凛と - いつでも背筋を伸ばして軸をもつ
  • しなやかに - こんにゃく精神
  • バカに - 遊び心とワクワクを忘れない
 

行動指針のようなものたち

 ー 住民は常に自分の器を観察している
 

<3つの心構え>

  • 真摯に愚直に勤勉に

<5つのやめないこと>

  • 書くこと
  • 伝えること
  • 繋がること
  • 考えること
  • 学ぶこと

<あたり前のことをあたり前に>

  • 挨拶、笑顔、身なり、言葉、食事
  • 自己管理(体調、貴重品、時間、情報)

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今後やりたい活動リスト

作ってみました。
 
もちろん、
住民が課題だと思っていることに対して提案・活動すべきなので、
これらは、あくまでも私が一方的に妄想している活動です。
 
ご意見・アイデアがある方はぜひ連絡ください!
 
  • ピザ窯づくり
     - コミュニティイベント的な(自分がやりたいだけ)
  • ゴミ問題解決プロジェクト
    - 道端に無限に捨てられるプラスチック袋をどうにかしたい
  • ボカシ肥料紹介
    - 堆肥はあっても、ボカシ肥料的なものはなさそう
  • 野菜の誘引普及
    - 手間がかかっても効果的であることを広めたい
  • モリンガ普及
    - 栽培は広がっているが一般住民は口にしていなさそう
  • 獣害対策
    - 放し飼いのヤギによる獣害が酷いのに、対策が不十分
  • 日本のプレゼンスを上げる
    - 日本の国紹介とか
  • 食育活動
    - 小学校で授業してみたい
  • 各種アンケート調査
    - 農家や一般家庭の生活全般アンケートをしたい
 
 

個人的な活動目標

ノリで載っけます。
未来の自分へのエールになりますように笑
 (本当に個人的なことばかりだけど笑)
 
  • フランス語DELF試験 B2(できたらC1)合格
  • 現地語(ナゴ語)で会話できるようになる
  • ベナン音楽とリズムを体得する - 楽譜化したい
  • 聖書を入手して語学に役立てる
  • ギター上手くなる
  • 定期的に歌って、歌い方を忘れない
  • 筋力上げるが体重キープ
  • ベナンの曲つくる
 
以上です!
 
2年間、楽しむぞー
 

ベナンでの1日は太陽次第!

 

 

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バナナの葉がゆれる日陰で
のんびりノートを書くのが日課になりました。
りょーこです。


ベナンでの1日をご紹介します。

 

 


12月のベナン


ベナンは西アフリカの国ですが、
日本と同じ北半球の国なので、
今は朝6時ごろから明るくなり、夜7時には真っ暗です。


さらに12月に入り、大乾季が始まったところ。
ハルマッタンという季節風が近づいているらしく、少し肌寒くなってきました。

 


私の任地Kétou(ケトゥ)村では、
朝は掛け布団が欲しいくらい。
(北部はもっと寒いようです。ケトゥは中部。)
夜も涼しく過ごしやすいです。
ただ、日中は28〜30℃くらいになり日差しも強くなります。

 


ベナンでの1日


そんなベナンでは、
お昼休憩をたっっっぷり取ります。


参考までに、平均的な私の1日はこちら↓

(朝シャワーもしていたけれど、寒いのでしばらく封印!)

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特筆すべきなのは、

「長い昼休み」「”実質"作業時間」

それと赤丸の隙間時間も説明します。 

 


昼休みが長い!


決して農業関係者の昼休みだけが長いのではなく、
学校も市役所も他の会社も、

通勤・通学時間と昼休みと帰宅時間は、
ベナン全国、みーんなほぼ同じ時間。(のはず。)

 


ただ、3時間といっても
ご飯を作って食べたり、昼寝をしたりすると
すぐ終わってしまいます。


小学生は、
家が遠い子も多く、
家に帰ってご飯を食べてまたすぐ学校に戻る。


ホームステイ先の子は、
13時に帰宅して、
14時にご飯食べてすぐ家を出ていました。

 


作業時間が短かい!


ただし、
赤丸で囲った隙間時間が長すぎるのは、農業者だけかもしれない…。


朝10:30を過ぎると
「Il y a le soleil.(太陽が出てる)」と言って部屋に入り、
午後15:00過ぎに畑に着くと、
「Il y a le soleil.(太陽が出てる)」と言って日陰で日の入りを待つ。


…つまり、太陽が出てくると作業をしない!笑


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↑こういうこと。

 

圧倒的に少ない作業時間。


ただ作業してるときは、
一生懸命真面目に仕事しているし
汗流して働いているので、
これで仕事が回ってるのなら、
これで良いんだろうと思う。

 


ちなみに、ご飯屋台のお母さんたちは、
お昼に働いて、お昼前と後にお昼寝してます。

 

 


隙間時間の使い方=疲れない術を知ること

 

ベナン人はよく言います。

「日向にいてはいけない、日陰を探しなさい」

ベナン人の生活の知恵なんだろう。


そんな太陽次第の1日だけど
太陽時間にできることはたくさんある。


ベナン人は、よく部屋の掃除をする。

綺麗好き。

書類作業もたまにする。

 


私の場合は、
体力を温存しつつ、(これが大事)
ノート書いたりメモしたり…
写真や動画をとったり歌ったり…


それでも時間が余ったら、
もらった資料を日本語に翻訳したり…
作った資料をフランス語に翻訳したり…etc

 

 


初めの頃は、
隙間時間に勉強して、疲れて、
昼休みにガッツリ1時間半くらい寝てたけれど、


最近は
のんびり作業して、
昼休みものんびりSNSとか軽いPC作業して、

軽くシエスタもして、体力第一。

 


そもそも

初めの頃にどうして疲れてたかって、
現地語やフランス語の会話に一生懸命入ってたから。


毎回、新しい人との出会いで、
全身全霊かけて、初めて、少しだけわかる。

だから、とても疲れる。


それが疲れなくなってきたのも
あー2ヶ月経って慣れてきたんだな、と感じます。

 

 


昼でリセットする分、
午後の作業は頑張れるし、
1日が2回あるように感じる日さえあって、


ベナンの時間は、人に優しく社会に優しい。

 


ベナンみたいに3時間とはいかなくとも、
日本でも、シエスタした方が効率良さそう。

 

 

 

[協力隊]ベナンってどんな国?

 

 

毎日10Lのバケツで水汲みをしている、りょーこです!

JICA協力隊の野菜栽培隊員として、ベナン共和国🇧🇯で働いてます。

 

 

派遣から2ヶ月経って、初のブログ更新!

ということで、

ベナン共和国はどんな国なのか、

ググっても出てこない、自分目線の情報も織り交ぜて書こうと思います。

 

 

目次↓

 

 

 

ベナン共和国🇧🇯ってどこにあるの?

よくマレーシア🇲🇾のペナン島に間違われますが、違います!
決してリゾート地ではありません。

(※2018/12/6訂正: インドネシアではなく、マレーシアのペナン島でした)

 

西アフリカに位置する、最貧国の1つです。

今年2018年に発表されたデータだと、一人当たりのGDPがワースト27とかです。

 

 

隣国は、ガーナ, トーゴ, ナイジェリア, ニジェール, ブルキナファソです。

 

海側(南部)は経済的に発展していて漁業が盛ん、

内陸側(北部)は国立公園があり農業が盛んです。

 

主な農産物は、圧倒的に綿花です。なので綺麗な布も有名です。

気候や、農産物や農業の話は、また別の記事で書こうと思います。

 

 

ベナンのこれ、最低限知っておいて!

 

1.言語

ベナンは1960年8月1日にフランスから独立しました。

公用語はフランス語。文化もフランスの影響を多大に受けています。

政治とか施設とかスーパーの食料とか。

 

その他にも、300以上の民族が住んでいる多民族国家で、200以上の言語があるとか。

(情報元は、現地の先生。本当かな…?)

主なローカル言語は、フォン語, ヨルバ語(≒ナゴ語)などなど。

 

中国語と日本語の違いについて、

「フランス語とフォン語くらい違うよ(雑)」

というと深く頷かれます笑

 

 

2.通貨

お金は、Franc CFA(フランセファ)。

スイス🇨🇭のスイスフランとは違います。

 

日本でユーロに替えて、

ベナンでユーロからフランセファに替えました。

 

1EUR≒130円≒656FCFA

1円≒5FCFA

 です。

 

3.食事

主食は、トウモロコシの粉を練ったもの。

pâte(パット)と呼ばれることが多いですが、地域が変わると名前も変わります。

これに野菜を磨り潰したソースをかけます。

 

基本、これ1皿のみです。

 

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ただ、このpâte(パット)以外にもバラエティに富んだ主食があり、

これも別の記事でまとめます!

 

4.奴隷貿易の港があった

 

ベナンには奴隷貿易の拠点となったOuidah(ウィダ)という町があります。

そこには、「帰らずの門」という巨大な門が海に向かって立っています。

 

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現地ガイドによると、そんな奴隷貿易の港は、アフリカに7つあったそう。

 

ギニア湾に位置するOuidah(ウィダ)は、

現在、観光地になっていて、

博物館や遺跡、ピトーという蛇のいる寺院、帰らずの門を見学できます。

 

協力隊のプログラムでも、語学研修中にOuidah観光がありました。

 

 

 

現地ガイドのフランス語による解説は、

正直ざっくりとしか理解できなかったけれど、

 

それでもOuidahの町の雰囲気や博物館の展示を見て、

奴隷貿易の悲惨さを十分、全身で感じてきました。

 

 

動画やメモもたくさん撮ったけれど、まとめきれません。

これも、そのうち記事にします。

 

 

5.南部と北部

 

ガーナ、トーゴベナンの地域は、今は縦に国が分かれていますが、気候は緯度に並行して一緒なので、民族や文化も横に同じなようです。

 

そのため、日本の北海道と沖縄…まではいかなくとも、北部と南部とで気候や文化がかなり違います。

 

 

ただ、私はまだ

南部の経済都市Cotonou(コトヌー)と

ナイジェリア寄り中部の任地であるKétou(ケトゥ)の2ヶ所、しかも10月11月しか知らないので、なんとも言えない。

 

北部行ってみたい。

寒くて水がないらしい。

ハルマッタンとかいう季節風がすごいらしい。(Kétouにも来る)

 

 

ベナン人と日本人の違い

 

2ヶ月ベナンに住んでみて、

ベナン人は割と日本人に似ているなと感じます。

 

ざっくりまとめると、

  • 働き者!

  • 真面目!

  • お節介!

  • 言葉以外の相手の様子を汲み取る

 

逆にやっぱり違うなぁと思うところは、

  • 時間にルーズ!

  • スケジュールにもルーズ!

  • 外国人にお金やモノをねだる

  • ゴミ箱=その辺

  • やたらポジティブ!

  • やたらマイペース!

 

って感じですかね。

 

はっきりと言葉にするより、雰囲気で相手を察する…みたいな感じは、(人によるけど)日本みたいだと感じます。

 

そんなベナン人の細やかさや大らかさに救われたり振り回されたりして、

毎日楽しく幸せに生きてます!

 

 

まとめ

  • ベナンは西アフリカの国!
  • 公用語はフランス語
  • 通貨はFranc CFA
  • 主食はトウモロコシ(pâte)
  • 奴隷貿易の拠点があった
  • 北部と南部で環境が違う
  • 日本人に似てるところも多し!

 

 

最後までありがとうございました!
À tout à l'heure!! 

 

[文化][本]バナナの皮はなぜすべるのか?

 
 
 
バナナが好きだ。
ミネラルだけでなく食物繊維も豊富なバナナが好きだ。
味だけでなくお腹も満足できるそんなバナナが大好きだ。
 
「バナナの皮はなぜすべるのか?」という本を読んだ。
これがとても興味深かく、バナナの歴史まで調べたので、それらをまとめて書こうと思う。
 
断っておくが、
これは決して”バナナの皮の滑りやすさ”について証明するようなものではなく、
”バナナの皮で滑る"という、ステレオタイプと化してしまった現象をざっとまとめるものである。
 

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バナナの始まり

 
バナナが書物で初めて登場したのは、
1741年 植物学者 ゲオルグ Georg Eberhard Rumphiusの「アンボイナ植物誌 Herbarium amboinense」であるが、
紀元前8000〜5000年には既に世界最古の農業遺跡であるクック湿地帯で栽培されていたようである。
 
ヒエログリフにも食用としてのみならず、治療に利用されていた様子が残っているらしい。
 
欧米に持ち込まれたのは、もっとずっと後になる。
ポルトガル人が西アフリカからカナリア諸島へ持ち込み、しばらくは植民地のプランテーションに使われていた。(栽培適温が20〜30℃だからそもそもイギリスとかでは育たないよね。)
 
その後、イギリス入植者がアメリカでの栽培を試みるが失敗するが、16世紀には(おそらく南米で)広まったらしい。
ちなみに、1799年にはキャプテン・クックがハワイでバナナ栽培を見つけている。
 
 
ちなみに日本には、明治維新後から輸入/移入され始めたが、明治以前にも一部の島々では栽培していたようである。
 
 

滑った人がいたのか?

 
では、バナナが見つかってから人々が滑るまでに何があったのか。
 
アメリカがバナナを大量に輸入し始めたのは、1866年。今はもう見ぬグロスミッチェル種だった。
 
その後、1873年出版の「80日間世界一周」でも紹介され人気が上がっていき、1976年には10セントで売られるほどになった。
 
しかしながら、1879年、当時全国的に売れていたアメリカの雑誌Harper’s Weeklyで、その皮のポイ捨てが紹介され、
1909年には、セントルイスでバナナの皮を公道に投げ捨てることが法律で禁止された。
 
 
日本でも、バナナが庶民の食べ物になったころは皮が落ちていたことがあったらしいが、なぜバナナの皮は落ちていてみかんの皮は落ちていないのか、不思議に思う。(話題性かしら?それとも滑るから?)
 
何はともあれ、
バナナは有名になり、その皮がポイ捨てされ、実際に滑る人がいたことは間違いない。
 
それを見て閃いたのが、アメリカの芸人なのである。
 
 

初めて滑った人

これはアメリカの芸人 ビリー・ワトソンが自称しているようで、1900年ごろのことである。
 
日本人だと、チャップリンが元祖ではないかと思っている人もいるようだが、彼が初めてバナナで滑ったのは、1915年「アルコール先生海水浴の巻」の時であり、少なくとも彼よりはビリーの方が先だ。
(ただ、映画として”バナナの皮で滑る”パフォーマンスを初めて取り入れたのはチャップリンだと言える。)
 
その後もバナナにまつわるお笑いやエンターテイメントはたくさんあるが、それは本を読んだり調べたりしてほしい。
 
 
こうして、”バナナの皮が滑る”パフォーマンスが誕生したのである。
 
 

日本の文化では

1899年に、正岡子規がバナナを詠んでいるが、それは冬の季語とともに使われており、1902年の句ではバナナを夏の季語として使用している。
 
さらに、
1926年 芥川龍之介の「点鬼簿」や、
1935年 堀口大學の「バナナ」
での描写では、当時バナナはまだまだ庶民のものではなかったことが見て取れる。
 
1948年には、長谷川町子さんがバナナの皮パフォーマンスを漫画で描写しているが、その頃から多くの漫画でバナナの皮が描写されるようになったようだ。
 
 
チャップリンの映画もアメリカと同時期に日本で公開されているから、半世紀の間じわじわとバナナスリップ現象が日本に浸透していったのだろう。
 
 
 

終わりに

 
「バナナの皮はなぜすべるのか?」著者の黒木夏美さんは、最後に実演することで検証しているが、私はしない。
 
 
なぜなら、そもそもバナナの皮は捨てるべきではないし、試さずとも滑りやすいのは既に経験済みだからである。
 
それでも、私はバナナが好きだ。
 

 

バナナの皮はなぜすべるのか?

バナナの皮はなぜすべるのか?

 

 

バナナの歴史 (「食」の図書館)

バナナの歴史 (「食」の図書館)

 

  

バナナの世界史――歴史を変えた果物の数奇な運命 (ヒストリカル・スタディーズ)

バナナの世界史――歴史を変えた果物の数奇な運命 (ヒストリカル・スタディーズ)

 

 

[思考・哲学]生活(ほっこり)

 

みなさんは、“生活”していくことに

どんなイメージを持っていますか?

 

 

私の場合、

いつもいつも

何かにつけて意味を見出したくて、

自分の存在意義とか自分の職業とか将来とか

あーでもないこーでもない言うのが好きなんですが、

 

生活と聞くと、

自分はどんな日々を送れば思い描く将来に繋がるのか…とか

我慢して早起きとかお勤めとか頑張る日々=生活?…とか

そんな毎日を送る意味はあるのか…とか

街を探検したり裁縫習ったりするあの教科ね

とか考えます。

 

 

 

そしたらこの間、ふっと帰省したときに

「特に用事ないけど帰ってきたー」

と父に言ったら、

「家族と生活するのに理由なんか要らないだろ」

と当然のように言われ、

むーうと一本取られた気がしたと同時に、

家族や帰れる場所の存在にほっこりあったかくなりました(*´-`)

 

 

生きてく意味とか

周りへの影響力とか

日々の暮らしへの期待とか

無くても問題ないのに求めすぎちゃってたのかも。

 

なるほど確かに、

意味を求めすぎていることで

見えなくなったり失ったりすることもあるのでしょう。

 

 

今の自分を大事にして

周りに在るものに感謝して

1日1日を生きていく、

それが自分の営みであり生活なのね、きっと。

 

 

 

と、自分の”生活“を見直してみようと思った

りょーこでした。

 

 

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↑父が安くなっていたと嬉しそうに捌いていたキンメの刺身