かるてぃべーと Cultivate

国際協力とか、農業とか、音楽とか、ボードゲームとか。

[国際協力]海外へ出た学生がその後、やる気を失ってしまう理由

 

海外へ出ていった学生ほど、
ずっと国内にいた学生よりも
なぜかやる気を失っているところをよく見かける。

 

自分の同期だけでなく、
他でもそういった話をよく聞くようになった。

 

 

ん?
フツーは海外で逞しくなって帰って来るんじゃ…?

 

海外で疲れちゃったのかな…?

 

と、疑問を持つようになった。

 


しかし、いろんな話を聞くうちに
現実はそんな疑問よりも複雑で酷いことがわかった。

 


現実に打ちのめされて、

 

"国際協力なんて簡単じゃない"
"言葉の壁は厚かった"

 

そんなことならまだ良い。

 


彼らは最終的には
帰国後に日本社会に潰されたのだ

 

 

 

海外へ出たときの決定的なデメリット

その1・・・手厚い保障やサービス
その2・・・手厚いもてなし
その3・・・海外経験への企業の低評価


その1・・・手厚い保障やサービス

 

数ある留学の中でも、
大学側や会社に用意された留学=パッケージになっている留学には、保証の手厚さ(安心感)がある。

 

あの日本人人質事件から
"どこでも誰もが被害者になり得る"ことが
日本人に衝撃を与えた。

 

ISやテロの脅威が過激化していく世界で、
今現在、脅威に感じる敵から身を守るために、誰もが保証の厚いパッケージを選ぶ。


(今までも沢山の脅威は存在していたにも拘らず、注視せずにヌクヌクとしていたのは自分たちなのに。)

 

 

身を守る術のない学生たちのみならず、そういった安心感のあるパッケージを選ぶのは当たり前で、

寧ろそれらパッケージのおかげでたくさんの学生が海外へ行けている現状もあるかと思う。

 

 


さらに、留学は最早サービス化し、
お金を積んででも、自分にとって"魅力的なパッケージ"を選ぶ人がたくさんいる。

 

一昔前なら異文化に飛び込んで自分を鍛える意味で留学に行く人が多かったが、今では娯楽感覚で留学へ行く人が多い。旅行に近い感覚なのだ。

 

そうなってくると、いかに安全で魅力的な留学をデザインするかが、パッケージ留学を売る側としては重要になってくるのだ。

 

 

その2・・・手厚いもてなし

 

そんなサービス精神に富んだパッケージに含まれている、相手側=迎える途上国側は、治安や暮らしやすさを吟味され、大抵の場合は手厚くもてなしてくれる。


そもそも国際協力を志すような学生は、相手のために何かをしたいと思って志しているだろうに、なぜか何もしないうちにチヤホヤされ、ある意味、魂を抜かれてしまうのだ。

 

 

知見を広めたり、経験を積んだりするために外へ出て来たはずなのに、いつの間にか、
「国際協力」ではなく「国際交流」
「奉仕する側」ではなく「奉仕される側」
になってしまい、こんな筈では…と目的を見失うのである。

 

 

また、今と一昔前との違いの1つに、
世界での日本の立ち位置の違いがあると思う。

 

今や日本は世界的にリーダーシップを発揮しなければならない立場であり、ODAでも先陣を切る立場である。

 

各国での印象はもちろん様々だが、

今や途上国にとって日本は追いかける相手であり、奉仕してくれる国なのである。

 

それにより、日本人への対応が全く変わってきたことも、国際協力を志して海外へ行く学生は留意しなくてはならない点なのではないか。(良いか悪いかは関係なく)

 

 

 

その3・・・海外経験への低評価


こんな風に甘やかされて、


「自分は何もできなかった」
「自分がやりたいことは違う」
「海外の人たちは幸せそうだった」


なんてことを言う学生が増えた。(実感的に)

 


この時点で、
以前まで持っていた国際協力への意欲は、ほとんど根こそぎ持っていかれているのである。


そこにトドメを刺すのが、日本社会である。

 


「海外行ってきたからなんだ」
「今や誰でも海外へ行っている」

 


英語力で比べても、
経験値で比べても、
忍耐力で比べても、

 

インターン、過酷なバイト、過酷な部活をしてきたような学生の方が、日本企業にとってはよっぽど魅力的で、

 

意欲も希望も無くした元留学生たちに
日本社会の厳しさが追い打ちをかけ、


もはや、"留学棄児"とも言える学生が彷徨うようになってしまったのである。

 

 

誰が犯人でもない、

強いていうなら日本社会


確かに、
国際協力の道は簡単ではないし、
日本社会で働くことも簡単ではない。

 

しかも、
留学するかしないかなんて個人の勝手である。

 

 

ただし、
グローバル人材だの、海外展開だの、
海外を意識させておいて、


留学だの、協力隊だの、ボランティアだの、
夢を見させておいて、

 

どうして最後に、評価してくれるところがないのか。


どうして、自由に歩かせておいて最後に厳しさを突きつけるのか。

 

 

若者が使えないならば、

こんな若者にしたのは一体誰なのか。

 

 

 

 

一体社会は、

グローバル人材を使い、グローバル化を目指して、何を達成したいのか。

 

 

ビジネスだけでなく、

経済だけでなく、

 

世界の中で向かうべき日本を

 

そんな日本に必要な人たちを

 

見つけなければいけないのではないだろうか。

 

 

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長文失礼致しました。

 

大和さくらでした。